シリーズ『元気が出る尊皇百話』その(二十四)佐々木高頼と僧光兼
前回は毛利元就についてお話いたしました。その元就がご皇室の大祭挙行の費用を献じたことは前に述べましたが、それ以前、応仁の乱後の朝廷は実に衰微を極めておりました。また足利氏も幕府の威勢衰えて、公事大礼の費用を献ぜぬために、すべての儀式を挙げ給うことかなわず、僅かに文明七年(1475年)正月に四方拝の式を挙げ給うたのみでありました。
されば明応九年(1500年)、後土御門天皇崩御されるや、葬礼を行うべき費用がない時に佐々木高頼がその費用を工面いたしましたから、無事に泉涌寺に送り奉ることを得ました。これを賞して、高頼には菊桐の御紋と後光厳院宸筆の三略秘抄とを賜い、昇殿を許されたのであります。
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