日本独立党

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稲田防衛相の辞任について

稲田防衛大臣が辞任したが、引き金になった「報告書問題」は、我が国の安全保障論議のレベルの低さを如実に物語っている。要は、南スーダンの戦況が悪化し、後方支援に徹すべき自衛隊が戦闘に巻き込まれそうになった事実の記録を防衛省が「隠蔽」したという事であるが、NGOのボランティアじゃあるまいし、そもそも完全武装した自衛隊を内戦国に送り込んでおいて、戦闘リスクゼロの地帯でしか活動させないことの意味が分からない。戦闘させたくないなら、送らなければ良いではないか。アメリカに言われたから仕方なく送ったが、九条があるから戦闘地域には送れない、という賎民根性の塊みたいな発想こそが問題の根源である。稲田大臣には、その辺の問題提起をして欲しかったが、話にならなかった。むしろ、今回の「報告書」の存在が、防衛省幹部からのリークによって発覚したことの方が、問題ではないのか。たかがこれしきの問題で大臣や幕僚長が簡単に辞任するということ自体が、いわゆる「シビリアン・コントロール」さらには民主主義そのものの弊害を表している。

無責任な「シビリアン・コントロール」など止めて、統帥権を朝廷に返上すべきだ。

北朝鮮が着々と核・ミサイル開発を推し進め、強国への道を突き進んでいる一方で、我が国では、くだらん「日報問題」で防衛大臣と幕僚長が辞任し、肝心の安全保障論議は、安倍内閣の下で一歩も前進していない。メディアは、馬鹿のひとつ覚えのように「シビリアン・コントロール」と言うが、今回の一件は、むしろ「シビリアン・コントロール」の弊害を露呈するものである。我が国の既成メディアは、所詮は営利会社で自社の利益が第一であるから、視聴率さえ取れれば、自国の安全保障などどうでもいいと思っている無責任な連中だ。そのメディアの宣伝に踊らされた国民は、たかが「日報問題」ごときで喚き立て、そもそものPKOの是非や日米関係の問題の本質には目を向けようともせず、完全なる思考停止、事なかれ主義、醜い足の引っ張り合いに興じている。「シビリアン・コントロール」を云々する前に、「シビル」のレベルが低すぎるのである。先の投稿で、政権を朝廷に返上すべきだと書いたが、統帥権も朝廷にお返しすべきだ。統帥権は、本来、天皇大権である。低レベルな「シビル」の方を向いて安全保障を議論していれば、無責任なメディアは儲かるかもしれないが、肝心の国が滅びる。